【HEROES HISTORY#126】フランシスコ・ザビエル
フランシスコ・ザビエルは、1506年4月7日にスペインのナバラ王国で生まれました。彼の生涯はアジアでの布教活動に費やされ、特に日本ではキリスト教の伝道に大きな足跡を残しました。彼の生涯は、1552年12月3日に中国への布教を目指している最中、現在のマカオ近くのサンチャン島で終わりました。
フランシスコ・ザビエルの生涯
506年、スペインの王国ナバラの城塞都市、ハビエル城にて誕生したフランシスコ・ザビエルは、裕福な家庭に育てられました。しかし彼の人生は、1508年のナバラの戦いで家族が財産を失ったことにより、大きく転換します。その後、パリの大学で教育を受けるため、家族から離れた彼の生活は、学問に献身することで充実していきました。
パリにて、イグナチオ・デ・ロヨラと出会ったフランシスコは、彼とともにイエズス会を設立し、1540年にローマ教皇から公認を受け、教皇庁の使命を帯びた布教活動を開始します。彼の活動の焦点はアジアに向けられ、1549年、フランシスコは遠い異国の地、日本へと足を踏み入れました。彼の使命感は、異文化の中でも揺るがず、彼は日本人への布教活動を展開しました。
フランシスコ・ザビエルの最期
彼の野心は尽きることなく、ついには最大の目標、中国への布教を企図します。しかし、その壮大な夢を果たすことなく、1552年、中国へ渡る直前のサンシャン島でフランシスコは病に倒れます。彼がこの世を去ったのは、彼が中国への布教の夢を抱きつつ、サンシャン島の岸辺で眠りについた後のことでした。
彼の最期は静かで、広大な海を見つめる彼の姿は、まるで新たな地へ旅立つ者のようにも見えました。しかし、その夢は彼自身が実現することはなく、彼が遺した遺志は後のイエズス会士たちによって受け継がれることとなりました。
フランシスコ・ザビエルの格言
「熟した実は多くとも、それをもぎ取る人間が少なすぎる」
フランシスコ・ザビエルの格言「熟した実は多くとも、それをもぎ取る人間が少なすぎる」は、彼の生涯と使命感を象徴する言葉と言えます。彼が果実に例えたもの、それは人々の心の中に宿る信仰の種子、救いを求める願いです。彼はその願いが熟した果実のように数多く存在する世界を見つめていました。
しかし、それらを収穫し、救いの言葉を伝える者は少ない。この格言は、ザビエルがアジアでの布教活動を通じて感じた、その深い使命感と教会の布教者たちへの訴えを示しています。彼は自身ができる限り多くの「果実」を収穫しようと旺盛な行動力を示し、その献身的な姿勢は後世に多大な影響を与えました。
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